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チャラチャラ政治
 郵政民営化に賛成か、反対か。
 極端な選択肢の設定で世論を二分し、「しがらみVS.改革」の構図で圧勝した小泉首相の解散総選挙は記憶に新しい。

 自民党総裁が「自民党をぶっ壊す」といって、結果、候補者が足りなくなるほど圧勝し、雨後のタケノコのように大量に登場した小泉チルドレンのおかげで法案は次々と通っていった。

  後期高齢者医療制度がいまや大問題となっているが、衆議院における与党の圧倒的数を背景に、低所得層の生活困窮は深刻さを増している。老齢者、配偶者への課税に対する数々の控除が廃止、母子加算も廃止、サラリーマン減税といわれた定率減税も廃止された。
 高齢者や女性、労働者などあらゆる庶民層への大増税に対し、法人税は減税の一途。社会保険の企業側負担より、雇用される側の負担が重くなり、失業手当の支払いも厳しく制限されるようになった。

 さらには教育基本法が変わり、憲法改正の手続きにかかる国民投票法も成立した。投票者数の二分の一で改憲が可能となり、投票率や無効票、白票には意味がないという。
  自衛隊も海外の「非戦闘地域」で米軍、多国籍軍を「後方支援」することが可能となった。

 選挙政策にはそのときどきの臨場感、民意を反映することが求められる。その趣旨からいえばまさに郵政選挙は、その時期のキャッチな、カッコイイ選択肢だったのだろう。  

 しかし、我々の社会はそんな極端な選択だけで済むものではない。ガソリン税にせよ、社会保障にせよ、その税財源にせよ、政局に振り回されず百年の大計で論じられなければ国民生活の安定はない。本来、暫定税率が期限切れになってからドタバタするなど到底許されない事態だ。


 流行ことばに乗らない、不器用な政治家を選ぶことが代議制を機能させる一つの視点かもしれない、と思えるほど、いま政治がチャラチャラしている。
| 22:58 |
Tさんが遺したもの
 私が議員になってまもなく、市内でTさんが数人の少年らのいじめにあい、暴行を受け死亡するという事件が起きた。Tさんは、県立養護学校を卒業後、仕事に就いていた。

 情報によるとTさんは、働いて得た給料を顔見知りの少年たちに要求され、さらなる求めに応じなかったとして暴行を受けたということだった。

 養護学校を卒業し、希望をもって人生を歩み始めたTさんの死に、私は途方もなくショックを受けた。この死を忘れないこと、無駄にしないことを心に誓い、その後の私の政策課題にもなった。

 Tさんが卒業した養護学校の関係者に話を聞くと、養護学校では生徒たちの卒業後の進路がとても大きな課題であり、就職先をみつけるために地域や事業所へ出向いて障がい者に対する理解が深まるよう活動を続けているということだった。Tさんのように就職できるのはとても有難いことで、後輩たちの目標にもなる。しかし事件は起きてしまった。Tさんにとって、加害者の少年たちは「友人」だったのだろう。社会生活を送る中で、仕事をし、友達もできて嬉しかったはずだ。身近にTさんの生活を見守る人がいたならこんなことにはならなかったかもしれない。

 そんな話を聞き、さらに福祉作業所を訪ね意見交換する中で「ジョブコーチ」という専門家を知った。ジョブコーチは障がい者の自立を支援するコーディネーターで、就労支援はもちろんのこと、出勤帰宅、休みの日の生活なども含めサポートする。仕事や環境の変化に適応するまでに時間がかかることの多い障がいの特徴を職場や地域の人たちに知ってもらい、互いの理解が深まるよう活動している。

 そのジョブコーチが県内においてもまだ数人しかいないという実態を知り、ぜひ積極的に配置するよう行政への働きかけを続けてきた。いま沖縄市は、独自に設けた就労支援センターにジョブコーチを配置、少しずつではあるが、実際に就職に結びつく結果も伴ってきている。  

 障害者自立支援法は、障がい者の地域での自立を促すとしているが、法がうたう理想と現実のギャップはとても大きい。

 市民がいきいきと働き、自分らしく生き、夢をもって暮らせるまちづくりをめざしたい。
| 22:47 |
『知花花織』

沖縄市の工芸フェアがこの週末、開催された。


木工やガラス工芸、陶器、楽器などいろいろな出展があるが、私のいちばん好きなイベントは、「工芸コンテスト」。市内外の選りすぐりの秀作のなかから、工芸としての美しさはもちろん、道具として使用される日常性、機能性、市場性などの観点から評価を得た、特にすばらしい作品の数々が一堂にお披露目される。


一つひとつにこめられた創意工夫、初めて出会うような斬新な色合い、形、染み込まれた汗と時間を思うと、作者の方々への尊敬の念が自然にこみ上げてくる。


沖縄市では、百年以上前に途絶えた織物「花知花織」(ちばな・はなおり)の復元、産業化に向けて取り組んでおり、毎年、復元作業所で女性たちが研究を重ね、染めや紡ぎ、織などすべての工程を自ら手がけているが、今年はその彼女たちの仕上げた作品がずらっと会場に並び、地域の伝統工芸の力強い再興を印象付けた。


足元の活力を生み出す方々のたゆまぬ努力と才能に、一瞬でも触れながら、花織を引き立たせる清々しい「藍」の色にまたまた惚れました(*^□^*)

(写真)=愛用している知花花織の名刺入れ&携帯ストラップ

| 00:28 |
許されない『代償』
 私の住む沖縄市では正月早々、米兵によるタクシー強盗事件が発生した。一月七日未明、タクシーに乗車した二人の米海兵隊員が、住民が寝静まる閑静な住宅街へと車を案内させ、運転手をウィスキー瓶のようなもので殴りつけた。運転手が車外に逃げた後もさらにこの米兵二人は瓶と棒を持って追い回し、暴行を加え続けた。運転手の悲鳴を聞いた住民が勇敢にも表へ出て駆け寄り、警察に通報したため、現場から逃走した容疑者はまもなく逮捕された。

 これに先立ち、昨年十月には、同じく市内で女性暴行致傷事件が発生。嘉手納空軍所属米兵の息子が十月一日未明、客を装って入った飲食店内で従業員女性の顔面をビール瓶で殴り、強姦するという事件を起こした。

 米軍人絡みの事件は数々ある。

 沖縄市基地政策課によると、市内における過去五年間の米軍人、軍属、家族による暴力事件等の犯罪検挙数は2003年度三十一件、04年度十一件、05年度十七件、06年二十件、07年度十七件(08年1月現在)の計九十六件。

 この事態を、沖縄だから仕方ない、去る大戦によって米軍に占領され、日本復帰した後も極東最大の米空軍嘉手納基地を抱える街なのだから、凶悪犯罪が頻発するのは当然だ、と日本政府は思っているのだろう。

 事件事故発生のたびに我々は抗議の声をあげ、議会としても意見書及び抗議決議を行い、米軍、日本政府へその解明と実効性ある再発防止策を求めてきたが、その対応は「その場しのぎ」と決まっている。県民の怒りのマグマが噴き出さない程度に「遺憾の意」を示し、しかし、本質的には何も変えない。

 特に在日米軍、米軍人等の排他的地位を保障した「日米地位協定」などはどんなに改定要求が高まろうとも、日米両政府は一行たりとも触らぬ決意である。

 記憶に新しいのが2004年沖縄国際大学に堕ちたヘリ事故の顛末ではないだろうか。事故発生時から事故機残骸の撤去に至るまで、地位協定を盾にされた沖縄県警は現場に立ち入ることさえできず、大学関係者もすべて締め出され、海兵隊に封鎖された。合同捜査を拒否された県警は数週間後、米軍が去った後に周辺目撃者からの聞き取りによって被害状況を確認、最後まで事故機を操縦していたパイロットの名前すら特定できなかった。

 これに対し、日本政府が毅然とした態度で抗議するなどということはなく、あろうことか時の首相は事故の一報を受けても趣味に興じていたということが発覚した。

 そんな県民の「扱われ方」をみれば、米軍には、沖縄が今も占領地にみえるはずである。度重なる傍若無人、人権を無視した振る舞いの根っこに、そんな目線を感じずにはいられない。ひきかえ、米軍への厚遇は申し分なく、日本政府は古くなった普天間基地の代わりに最新鋭の基地も造ってくれるし、グァムへの移転費も出してくれるという。一方、県民には、償いのつもりか、懐柔策か、基地を容認する態度を見せると振興策に対する補助金が下りてくる。反対すれば下ろさない、という仕組みを露骨にしたのも、昨今の行政の特徴だ。


 そしてタクシー強盗事件から一ヵ月後、最悪の事件が起きた。

 二月十日夜、十四歳の中学生への暴行事件が発生した。三十八歳の海兵隊員に連れ去られた少女は車から降ろしてもらえず、友人への「助けて」の電話を最後に連絡がつかなくなった。少女は車内で暴行され、その後車から降ろされ、公園でうずくまっているところを県警に保護された。被疑者は十二日現在、容疑を否認している。

 1995年の少女暴行事件以来、政府と沖縄の構図は結局、何も変わっていない。

 暴力の連鎖は、いちばん弱い者へと向かう。それが「沖縄」であり、「岩国」であり、「少女」である。
 基地を受け入れなければ、補助金はやらない、といじめぬかれ、選択を迫られた住民は痛々しく分断される。挙句のはてに、人間の尊厳までもが奪われた。

 安全保障の足元で、日米のパートナーシップの名の下で、その代償として払われる、小さな島の日常の犠牲はしょうがない、とあなたも思いますか?
| 23:06 |
財源論議、政争の具にするな!
 道路特定財源をめぐって、論争が活発だ。
 世論も「ガソリン値下げ大歓迎」と「深刻な財源不足懸念」で揺れている。
 暫定税率が廃止されれば、沖縄県は69億円の財源不足になるとの総務省試算。電車のない沖縄の生活で道路が大事なのはいうまでもないが、最も直接的に影響を受けるのは建設業界で働く人々だろう。
単年度1千億円超にものぼる道路整備費は、公共事業のウェイトが高い沖縄の経済、家計を維持するのに欠かせない。道路ができるかどうか、という以上に、道路をつくっている人々の生活が明日どうなるか、という問題にすぐに直面する。

雇用のほかにも排ガス抑制など環境影響はどうなっているのか、エネルギー政策はどうか、流通網の整備はじゅうぶんか、など課題や方向性が見えなければ、納税者として何を負担すべきで、何を無駄とするか見極めが難しい。

政府、与党は、地方の財源不足を回避することが、あたかも「責任ある為政者である」との態度だが、地方の財源が「暫定税率」に左右されること自体、税構造がおかしいのではないか。三位一体改革は道半ば、地方の赤字体質が暫定税率の維持のみで解決されるはずもない。全国の首長は、中途半端な税源移譲、地方交付税の抑制、福祉の切り捨てなどが国民生活に深刻な影響を与えている現実を正面から訴え、財源議論をすり替えないよう国会に働きかけるべきだ。

もちろん国会は、暫定税率についてこれまでも一定の時限で延長すべきか、見直すべきか議論してきたはず。環境、インフラ、エネルギー、税源、雇用、地方分権など各党それぞれが描く将来像を示し、この機会にこそ、国民に示してほしい。

 党利党略に終わらない議論を望んでいる。
| 16:36 |